|
この犬について、文章で一番最初に記されているのは俺らの宮浦高校(※わしらの母校は某ドラマでそう呼ばれとるよ)卒業文集である。 と書くと何かヘブライ文字か何かで石碑にでも刻まれてんのか。俺らの文集。みたいな気持ちになってくる厳めしさではあるが、まあ十年とちょい前に発行された小冊子だ。 珍念はこの手の「思い出記念品」的なブツを保管する才覚と自覚に乏しいようで、この卒業文集はもとより卒業アルバムやら名簿やらの一切合切が現存していない。そう言えば写真もあんまし残ってないなあ。どこの諜報員だ俺は。 ともあれ、どういう事を書いてあったかはオボロゲながら憶えており。 「深夜、ゴン太が綱を外して逃走。 追跡する事小一時間。 俺は夜中に何やってんだろーと、ふと思った」 確かそんな感じな事を書いていたはずだ。 元々は当番の日報的なモノにほとんど何も考えずに脊髄反射で書いた四行か五行ほどのアホ文を、どういう訳か同級生の女の子が妙に気に入ってしまったらしく。 俺的にはもっとこう、十年後も二十年後も読むたびに号泣するような神々しい名言を残し、将来すごい偉人とかなんかそんな感じになった時に、 「嗚呼この人は高校の時からこんな事を書く凄い人だったのか」 と後世の人々がちゃんと賞賛出来るようにしておこうと思い至り、それなりの文章も幾つか書いていたはずなのだが、蒙昧たる文集編纂委員達は我が思想を理解し得ず、号泣的名文は珍念とゴン太の愉快な日常になってしまった訳で。 我ながら何が書きたいのかぜんぜん解らないが、 要するにゴン太は、 手のかかる犬だって事だ。 リングネームは『保健所帰り』。 実際問題、保健所に行って帰って来た訳では無いが。 『最初の』飼い主が子供の情操教育だか何かの為にどこかで貰ったか買ったかしたのがこの犬の始まり。名前もそん時から『ゴン太』である。 小さい時のしつけに、まあ、失敗したようだ。 所構わず吼えまくるし、脱走する。 飼い主を見るとダッシュで逃げる。 「おすわり」および「お手」は体得したようだが、もっと根本的な何かが足りてない。と言うか、おすわりもお手もエサをちらつかせながらでないと実行シーケンスに入らない。 その辺のアホ具合もまあアレだし、社宅生活で所構わず吼えまくるのは対外的にもキツかったんだろう。 破棄される事になった。 不要になったらさっさと捨てる。 俺には是非必要なスキルだと思うね。 引越しのたび、本の整理でのたうちまわって苦しむ必要がないからさ。 「『ああいう所』に送られる動物って、動物園で餌にされちゃうんだって」 お母んが言う。 『あそこ』からそういう目的で譲渡されるパターンもあるだろうね。生き餌しか食わないヤツらもいるらしいし。でもまあ、基本はガスじゃね? 「可哀想だと思わない?」 俺も別に残虐超人ではないので可哀想だとは思うがな。 他人の家の事情に首を突っ込む事でも無いだろうに。 「だから、代わりに飼う事にした」 「は?」 そういう事になった。 そんなこんなで我が家の犬と化したゴン太は。 やはり、所構わず吼えまくり、脱走し、その折飼い主を見るとダッシュで逃げる犬であり。 ぶっちゃけ、俺だって何度殴ったか憶えちゃいないよ。 エサ持って無いとお座りもしねぇし。 繋いでる綱にからまって動けなくなってるし。 ガス器具の点検しに来た人に襲い掛かるし。 ウ○コを小出しにしてエチケット袋兵糧攻め戦術するし。 夏の最中、暑いからって貯水池に飛び込んでそのまま溺れるし。 先輩のチョビ(猫)にいちいち威嚇されてるし。 その仕返しに、新参の近所の犬を威嚇するし。 散歩の最中、近くにある古墳を一緒に見に行ったら山奥の林の暗がりでめっちゃ恐いし(それはお前が悪い)。 本当にアホだなお前は。俺もか。 あと、人をマジ噛みすんな。 俺が知ってるだけでも二人ほど流血沙汰だろ? お母んも含めて三人か? あれ一件で、フツーに保健所行きだぞ? て言うかなんであれだけやって何事も無いんだ? 雷を恐がるな。 アレは自然現象だ。 怯えて吼えるお前の声が御近所付き合いに及ぼす影響の方が、俺はよっぽど恐いわい。 沼津から里帰りして、ちょっとスーパーで買い物しよっかってバス停降りたら、お前捕まってたな。店員に。 何が起こったのか九割半ほど把握出来る所が悲しいよ。 数ヶ月ぶりにどんな再会してんだよ俺らは。 よっぽどスルーしてそのまま家に帰ろうかと思ったよ。 あー。水陸両用に改造しようとした事もあったなあ。 犬かきって言葉がある位だし、大丈夫だろって事で。 大浜海岸に引きずり込んで泳いだな。お前死にそうだったけど。 あのブイまでたどり着く犬、あの海岸が無くなるまで二度とは現れないぞって言うか真っ当な飼い主ならさせねぇか。 あとすまん。原付に乗って引っ張ったのは犬の限界をちょっぴし超えてたかもしんない。 でも徐行でなら何とか付いてこられるっぽいな? イノシシとも戦ったな。猟師にでも飼われてないと出来ねぇぞ普通そんな超絶体験。 逃げてばっかりだったけどな。まあアレは俺でも逃げるけどな。 ハタから見てる分には面白かったから良しとしとく。 川辺の家を散歩させると、なんか真っ白い犬にいつも吼えられるよな。 お前、何やったんだよ。 脱走中に、ヤツのエサを食ったりとか、絶対何かやってるだろ。 しまいにゃ、一人で通りがかっただけでも吼えられるぞ俺。 町境の枝道が気になって、散歩ん時に突撃した事があったな。 二時間ほども山道を徘徊して、出てきたら松崎町の向こう側だったっけ。 良く良く分析すると、アレ、高校の遠足コースだった。うははは。 散歩の最長記録だな。 ところで俺はともかく、お前は犬なんだから疲れるなよな。 大浜海岸を一往復して、沢田公園に行って、栗原古墳で右往左往して、掘坂まで走って、松崎横断して、どこの観光客なんだよお前は。俺か。 エルピーノに漫画買いに行くのにいちいち連れてったから、高校の謝恩会で入った居酒屋じゃ「この辺犬の散歩してるよね?」って憶えられてたよ。隣町の人に。 ところで思い出すと俺も結構ムチャクチャしてるな。若気の至りで。 良くウチに残ったよな。何度も脱走してるんだし、そのまま雲隠れするチャンスは何度もあったんじゃね? なんで戻ってくる気になるかね。 やっぱアレか。ほねっこか。 飼い主見て逃げても、エサで釣れば楽勝で捕まえられたもんな。アホだなあ。 沼津帰還後は、なんっつか、悪いな。あんまし構ってなくて。 なんか変なおっちゃんが散歩やら何やら一緒に行ってくれてるようでな。 需要と供給はうまいこといってる様だったから。 俺は俺で好きな事やるようにしてたから。 ぶっちゃけると、その辺あんまし後悔してない。 なんつかね、お前はそこに居て、たまに頭撫でてやる位で……ちょっと違うか。 最早お前はペットっつうより、……あぁ、いいや。面倒くせぇ。 ゴン太よ。 俺は思うんだがな、生き物ってぇのは皆どっかの誰かから滞在ビザっつうかさ、チケットみたいなの貰って『こっち』に来てると思う訳だよ。 唐突だが。 それを使って、まあこっちで色々やる訳だ。各々好きなように。 勿体無い使い方するバカもいる中で、 お前はそれ、見事に意地汚く使い切ったと思うぞ。 でかした。 お疲れさん、ゴン。
by kuda_chin
| 2006-11-07 16:03
| 東征編
|
ファン申請 |
||